個人再生のこんな場合
消費サイドには4倍の価格で販売したので、「N・ショック」は「戦略的緊急避難」であり、その狙いは「変動相場制の1929年のニューヨーク株式大暴落に、時の大統領Fーバーはなすすべがなかった。
1932年の大恐慌下の大統領選挙で、Fーバーは民主党のRーズベルトに敗れた。
翌1933年3月Rは大統領に就任すると、ただちに金本位制は停止された。
「金の輸出は禁止」され、「金の国有化」が定められた。
1934年には「金準備法」が制定され、金の公定価格を1オンス20.67ドルから ドルに引き上げた。
ドルからみれば平価の切り下げであった。
公定価格弱ドルは「Nクソン・ショック」の4ヶ月後の1971年廻月のスミソニアン合意まで 2000年間続いた。
アメリカの金支配大戦略の構図米系メジャーは巨額のたなぼた利益を享受できた。
第1次石油ショックに際して、「金」が対アラブ産油国への金融戦略として用いられたが、アメリカの「金」に対する戦略はもっとスケールの大きいダイナミックなものである。
ニューヨーク株式大暴落1929年 3月20日ニューヨーク株式市場始まって以来の株価大暴落が起こり金融界は空前のパニックに陥った。
「暗黒の木曜日」と呼ばれ、世界大恐慌の発端となる導入」と「金備蓄の増大」であることは、すでに述べた。
また、アメリカの金融戦略の究極のゴールは「金本位制復帰」である。
一国の国益と意志で国際通貨体制を変換させようというこの壮大な戦略は、最終ゴールの直前まで、他国を欺くために表向きは、本音と反対の言辞を弄しながら、粛々と進められる。
それゆえ国際通貨体制の議論の場では、表面的には「金廃貨」を唱え、アメリカは「通貨としての金」には関心がないかのように振る舞っていた。
フランスの「金復位」の主張とは、真っ向から対立していた。
アメリカは本心を見抜かれないように、絶えずフェイントをかけて、他国を煙に巻いていた。
このような事情の下にあるので、アメリカの「金支配大戦略」という野望を俎上にのせて論じようとするには、ときにアメリカが見せる「頭隠してしっぽ隠さず」のしっぽの部分を執勧に探り出し、仮説手法を用いて、状況証拠から論じる以外の方法はなかなか思いつかない。
仮説と状況証拠によらないとすると、米国奥の院の某某氏がかくかくしかじかと発言しているといった類のインサイダー情報や陰謀論で論じられがちになる。
では、公開情報と事実の精査にもとづく仮説と状況証拠による分析手法では、1971年「N・ショック」1973年「ワシントン・リャド密約」1974年「アメリカ・サウジアラビア経済・軍事提携」。
1974年「国民の金所有の自由化」と「ニューヨークへ金先物市場を開設」1976年「金廃貨」と「IMFキングストン合意」1977年「ヘルムズ法・金約款」1970年代の上記の要素が、陰に陽にアメリカの「金支配大戦略」に関わっているのである。
具体的にはどういうことなのであろうか。
アメリカの金支配大戦略の最大の仕掛けは、1974年 1月 1日から実施された約 2000年ぶりの「国民の金所有の自由化」と「ニューヨーク金先物市場の開設」である。
1974年「ニューヨーク金先物市場開設」の狙い「金支配大戦略」の構図は、どのようになっているのだろうか。
主な要素R大統領による1933年の金の国有化以来、国民待望の金所有の自由化であった。
アメリカ国民への金解禁の法案は1974年8月、Nの辞任の後を継いだFが大統領に就任して最初に署名した法案といわれている。
このことは、この法案の優先順位の高さを物語っている。
アメリカが、1974年末に「国民の金所有の自由化」と「ニューヨーク金先物市場の開設」を行った意図は、次の2点である。
1つは、アメリカ政府は「金廃貨」の建て前から、公的金保有の増加はできないので、金の民間備蓄をはかる。
2つは、将来金本位制に復帰するには、アメリカ政府が、金価格の動向に支配力をもつ必要がある。
そのためのシステムの構築を行う、ということにあった。
金復位のためのこれらの仕掛けは、その意図どおりに機能したのであろうか。
当時フランスの民間退蔵は数百年の歴史をかけて6200トンといわれていた。
しかし、金の自由化以前にはアメリカ人は金嗜好がないといわれていたにも関らず、なんとほんの数年間でフランスのほぼ6割の3500トンをため込んだといわれている。
アメリカが戦略的であることは、ニューヨークに開設された金市場が現物市場でなく「先物市場」であったことから読みとれる。
従来の金取引が現物中心であり、ロンドンとチューリッヒがほとんどの取り引きを行っており、当然価格は彼らの手で決定されていた。
巨額のコストを払わないで彼らから価格支配力を奪うには、整備された先物市場であり、その取引高が増大していくことにより、現物市場にも影響力を及ぼすという形で可能となる。
先物市場には、少額の証拠金というテコの作用が働くので心理的要素が強い。
そこで政府関係者が「ささやき」や市場規制により金価格に潜在的な大きな影靭力を及ぼすことが可能となる。
1980年のニューヨークのコメックスの取引高は2万4000トンで、これは当時の自由世界の1年間の産金量の約3倍であり、この時点をもって、先物市場の金価格が現物市場価格を左右するようになった。
先物市場開設後わずか数年でアメリカは、ロンドンのロスチャイルドの「黄金の間」から、金の価格支配力を奪い取ることに成功したのである。
アメリカは「金支配大戦略」のメインフレームとして、「国民の金所有の自由化」と「ニューヨーク金先物市場の開設」に成功した。
またしてもアメリカが戦略的であるのは、「金価格への価格支配力」の確立に動くのとほぼ同時に、「石油価格への価格支配力」の確立に向けて、行動を開始していることである。
それは世界一の産油国である「サウジアラビアとの特殊な関係(スペシャル・リレーションシップ)」の構築である。
たとえ将来アメリカが経済的に独り勝ちしても、オールドエコノミーの産業基盤である石油価格が不安定であったら、その独り勝ち経済は脆弱なものである。
つまりアメリカは、石油価格への価格支配力を危機管理の対象として、認識しているの「ワシントン・リヤド密約とアメリカ・サウジアラビア経済・軍事協定そこでアメリカはサウジアラビアに長期的、戦略的なくさびを打ち始めた。
「ワシントン・リヤド密約」である。
その内容はアメリカは世界一の軍事力でサウジアラビアのサウド家を守る。
サウド家サウジアラビア建国の王家。
絶大なる権力をもつさらに両国の間では、1971年の「N・ショック」から1973年の石油ショックにいたる3年間で、1971年には陸軍の秘密軍事協定、1972年には海軍の秘密軍事協定、1973年には空軍の秘密重事協定が締結されたという話ジアラビアは石油を低価格かつ安定的に供給する。
サウジアラビアの手にするドルの価値は、「金」で価値保証をアメリカがする、というものである。
この「密約」も私が「金――新時代の架け橋」で提示した仮説である。
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